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ゲーム業界就活・転職レポ!!

100万円以上自己投資をして成長し、ゲーム会社の内定を得た筆者がゲーム業界への就活体験記をあげたり、ゲームを語ったり、ゲームの感想レビューをあげるブログ

まず初めに読んでほしい記事!

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岩田社長の死去と思い出~社長が訊くとニンテンドーダイレクトと~

ゲームクリエイター

2015年7月11日、多くのものを遺してこの世を去った。

そして7月13日、その訃報は世界中に伝わり悲しみに包まれた。

なくなってからその人がどれだけ偉大だったか気づく。まさにその例だったのかなと。

 

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こんにちは。ルーサクです。

 

任天堂の前社長、岩田聡氏、通称”いわっち”が亡くなってから1年が経ちました。

多くの方が彼に向けて追悼の映像やイラスト、文章、コメントなどを残しています。

 

追悼動画はこのアニメが

youtu.be

 可愛らしい絵で岩田社長の人生を描いています。

 

記事はこれが良かったなと思っています。

www.yutorism.jp

 こちらではどういった哲学で岩田社長がゲームを作ってきたか、げーむじんこうのかくだいといったせんりゃくがどう行われてきたかという話がされています。

 

私もこのような論理的な文章書こうかなと色々練ったものの、素直に岩田前社長に対する想いをそのままさらけたほうがいいかなと考えたので徒然なるままに書いていきたいと思います。

 

1992年生まれの私の目線で書いていくのでバルーンファイトだったり、MOTHER2の伝説などは割愛させていただきます。

 

 

 

 社長就任

岩田聡氏が任天堂の社長に就任したのは2002年、当時私は小学4年生、ゲームが好きな少年だったものの任天堂の社長が岩田社長になったということを知らなかった。

 

小学生ですから、知っていてもおかしくないし、知らなくても決して恥ずかしいことではないかなと思っています。

 

ただそれでも岩田社長のプログラマーしての最後の作品、スマブラDXは夢中になって遊んでいた。フィギュアやお知らせなどコンプリートできるものはすべてコンプリートした。

大乱闘スマッシュブラザーズDX

とにかく任天堂のゲームは大好きだったし、買うゲームは全て任天堂のゲームだった。岩田社長は意識していなくても任天堂は意識していた。人によっては「ゲーム会社」を意識していませんからね。

 

そんな任天堂大好きな私が「岩田社長」の存在をまともに認知するようになったのは

2006年社長が訊くの企画からでした。

 

 

社長が訊く

みなさん、こんにちは。任天堂の岩田です。

Wiiという、これまでにない、新しい提案に満ちたハードが

 いったいどのような意図で作られたのか、現場で開発に関わった人の声をもとに、

 本日から少しずつみなさまにお伝えしていきたいと考え、

 (おそらく世にほとんど前例がない)ユニークな連載を始めることにいたしました。

 自分で自分の会社の社員に取材するという、幾分変わった試みではありますが、

 私自身、Wiiというマシンができた経緯や背景を、

 開発者の声を通してあらためてきちんと確認し、残しておきたいという思いもあります。

 当事者でしか訊けないこともたくさんあると思いますので、

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

 

社長が訊くとはゲームの開発陣に岩田社長自らがインタビューをするというもの。

この頃からでしょうか。岩田社長がプロモーションとして積極的に露出し始めたのは。

 

個人的には世界で一番面白いゲームのインタビューだったと思っています。

プロジェクトが始まるきっかけから開発中の苦難、その他裏話が続々と明らかになる。スプラトゥーンは最初はイカでなく豆腐だったとか。

そしてなによりインタビューする社長が経営者であり、開発者であることがミソ。

マーケティング的な市場調査の話から、開発チームといった人事的な話、そして開発者ならではの技術的な話。こういったことができるのって他に日野社長と襟川社長くらいではないでしょうか。

 

個人的に気に入っているのは

「元」社長が訊くスマブラXの回、その名の通り、HAL研究所で社長と社員、上司と部下の関係であった岩田社長と桜井政博さんの回。お互いの信頼関係、事情を知り合っているからこそ行われる会話。素敵でした。

www.nintendo.co.jp

そしてもう一つ開発規模は当時任天堂史上最高、社長が訊くのボリュームもトップレベルなゼルダの伝説 スカイウォードソードの回。歴代ゼルダの話が出てきますし、インタビューされる側も若手スタッフから女性スタッフ、青沼さん、宮本さんと様々な目線で開発が語られます。

www.nintendo.co.jp

 

ニンテンドーダイレクト

そして岩田社長を語るのに欠かせないもう一つのプロモーション。

ニンテンドーダイレクト。略してニンダイ、任直。あの「直接」の名言が生まれた場所。

 

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2011.10.21から行われた岩田社長が動画配信で直接ユーザーに最新情報をお届けするというもの。

任天堂ファンからするとお祭り状態。前日は楽しみすぎて寝られないくらい。多いときは2か月に1回ほど。最近は半年に1回ほどなので禁断症状が出るレベルです。

 

この積極的な顔出しでユーザーからより愛される社長になったなと思っています。

“いわっち”なんてあだ名で呼ばれる社長は日本じゃ中々いないですよね。

 

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パターンも色々ありましたね。

逆転裁判

 

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脳トレ(鬼トレ)川島教授風

 

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実写版スマブラ

岩田vsレジー(任天堂ofアメリカ社長)で魅せた「直接」攻撃(?)

 

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そして広報室の森本さんへと引き継がれる。

 

 

名言

個人的に好きな名言をいくつか紹介しておきます。

ただの名言まとめサイトになりたくないため、

就活の際聞いた話や現在ゲーム会社で働いている人間としての感じ方といったものを含めて紹介したいと思います。

 

ゲームは生活に不可欠なものではない。でも使われるのが誇り。

 

任天堂の新卒採用会社説明会より。

任天堂会社説明会は岩田社長が「直接」行っていました。

私は今これを心にとめて働いています。ゲームって生活非必需品なんです。だからこそ遊んでもらえるよう本気で努力するし、それを遊んでもらえることにやりがい、そして誇りに思うんです。

 

 

私の名刺には社長と書いてありますが、頭の中はゲーム開発者です。心はゲーマーです。

 

経営者としての目線、ゲームクリエイターとしての目線、そしてユーザーとして目線を持ち合わせたからこそできる会社運営を行ってきたわけです。それを表している名言。

特に岩田社長はこの3つのバランスが強かったかなと感じています。

同じクリエイター出身の社長でもレベルファイブの日野社長は現在も開発にバリバリ関わっているだけあり、開発者の側面が強すぎますし、コーエーテクモの襟川社長は同人出身ということもあり、好きなものを作りたい、ゲーマー向けのゲームを作りたいというユーザー的な側面が強いのかなと考えています。

 

 

(株主から「リストラを敢行しないのか」との問いに)
社員が怯えながら作ったソフトは人の心を動かせない。

 

今はこの言葉にとても感動しています。

ゲーム会社ってどうしても労働環境が悪くなりがち。それでもホワイトな経営を行う任天堂の姿勢。この業界に入って改めて任天堂ってすげぇなと思っています。

一方この姿勢を見て、リストラのない甘い環境でいいゲームが作れるわけがないと言っているクリエイターを見たことがあります。あながち間違いでもないと思います。でも実際に任天堂は結果を出している。それ以上の言葉は必要ないですね。

 

 

仕事が苦役だなんて考えたことは一度もありません。むしろどんなに苦労をしたって、それが世の中で話題になって、いろんな人が笑顔になっていくのをこの目でみられるのですから、こんなに恵まれた仕事はないと思っています。

 

完全に同意ですね。仕事で苦労することはあるんです。でもそれは苦役ではない。全てにやりがいを感じられる。クリエイター精神ですね。

 

 

私はもともとゲーム開発者であることが天職だと信じていたのに、あるとき会社の経営を任されてしまった。ところが、やっているうちに開発チームのマネジメントと会社の経営には多くの共通点があることがわかって、いまでは経営も天職だったのかもしれないと思っているくらいです。

 

まだ私はこの真意を理解していない。ゲームの開発も会社の経営も行ったことがないから。でもいつか「その気持ちわかる。同感です。」そんな風になりたいと思っています。

ちなみに岩田社長はこの要領で自分の医療計画とかもたてていたとか。

 

 

(任天堂スマホゲーム参入に関して)
時が来たんです。

 

スマホにゲームは出さないといっていた任天堂がとうとうスマホにゲームを出すと発表したときの言葉。

かっこいい。素直にそう思いました。悪く言えばただ出遅れただけ。でもこの遅れたタイミングで出したから高額課金の問題やコンプガチャ騒動といった風評被害を逃れることができたのかもしれない。とにかく現在ポケモンGOで成功しているからいいんです。

 

 

岩田社長の死去

2015年7月13日。

私は絶賛就活中。

ゲーム会社に行けることは決まったもののまだ任天堂には受かってもいないし落ちてもいない状態。

 

訃報を聞いたとき「岩田社長と一緒に働けないのか」そう思いました。

なのに俺は就活してていいのか。就活のゴールが岩田社長と働くことではない。それでも異様なほどやる気が出ませんでした。

1日中岩田社長のことが頭から離れない。

 

そんな時に見た岩田社長の一番弟子といってもよい桜井政博さんのトゥイッターが非常に心に残っています。

 

そして私がスプラトゥーンのエンディングを見たのは岩田社長が亡くなった後。

あの穏やかなマリタイムメロディー。そこから現れるSatoru Iwata 初めてエンディングで泣いた瞬間。今でもマリタイムメロディーを聞くと岩田社長のことを思い出してしまう。

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今まさに岩田社長の置き土産、ポケモンGOが世界規模で大ヒットしています。

家にこもっている人を外に出して健康にするなど、まさに岩田社長が行いたかったことじゃなかったのかなと。

そしてもう一つの置き土産、NX

たぶんまた我々をあっと驚かせてくれるようなハードなのかなって思っています。もしかしたらハードじゃないかもしれませんしね。

 

もちろんまだまだ何か我々の知らない置き土産を残しているかもしれませんし。

我々が岩田社長のことを忘れてしまう日はないでしょう。

感謝し続けています。

私も会社違えど岩田社長が目指した健全なゲーム業界というものに少しでも貢献できたらなと思っています。

 

 

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