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ゲーム業界就活・転職レポ!!

100万円以上自己投資をして成長し、ゲーム会社の内定を得た筆者がゲーム業界への就活体験記をあげたり、ゲームを語ったり、ゲームの感想レビューをあげるブログ

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ゲーム会社内定への道筋~卒業式を控えてから気付く学生時代の大切さ~学生時代を振り返ってみた

まずは…

無事大学を卒業しました!

そしてそれが意味することは…

春から本当にゲーム会社の人ということです!

 

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こんにちは。ルーサクです。

 

3年の時に卒論を出し、単位も取り切っていたため、懸念要素は単位の取り忘れとか、休学に伴う手続きミスとかその程度。それでも卒業がうれしかったのはやはり色んな苦難があったからだと思います。

今回は雑記風に私の大学生活を振り返ってみます。

 

 

 

合格

2011年2月、私が大学に合格した日。

人生で一番大泣きしました。

声をあげてえんえん泣きました。

それくらい嬉しかったというのもありますがそれ以上に受験が辛かったというのがありました。

 

私は高校2年生までまじめに勉強をせず、学校でも成績は真ん中よりチョイしたくらいでした。

それで早稲田を目指すなんて言うんだからまぁひどい。

 

その成績のまま、なんだかんだ部活も高校3年生の7月までやっていたため、先生に「じゃぁ来年(浪人)も頑張ろうね」みたいに言われたことまでありました。

 

もちろんそこで諦めないのが私。

 

ゲームも2年生の冬から封印していましたし、

部活を引退してから1日14時間の猛勉強。

毎日23時寝て4時半に起きる超ルーティンな生活。

めまい、耳鳴り、吐き気は日常茶飯事。当時は過労死するのかなとか思ったこともありました。

 

その苦労があったからこその大泣き。

 

私は合格発表をwebで見たとき

「あ、合格だ」と魂が抜け感情がなくなったかのようでした。

 

が、隣にいた親が泣き崩れ

「俺はこんなに心配され、支えられ、迷惑かけていたんだ」と気付き、私もつられるまま号泣していました。

 

 

体育会

大学生活も相変わらず部活ばっかりの人間でした。

合格が決まった高校3年生の春休みから体育会の練習に混ざったはいいものの、4月1日になった瞬間、優しかった先輩方が手のひらを返したように厳しくなり、入るのをやめようかと思いました。

 

が、踏みとどまったのは受験の苦労があったから。

 

そもそもこの大学に行きたかったのもこの部活にあこがれていたから。

その一心が受験中の支えで、実際にコーチにも「お前は俺のドラフト1位なんだから絶対合格しろよ」と応援されていました。

 

別に特別実績がなかった私を応援してくださったコーチのことや受験をサポートしてくれた親のことを思うと部活をやめるわけにはいかない。

 

そう考え、私はいばらの道を進むことを決意しました。

引退した今、入ってよかったと思っています。

 

ちなみに引退した後コーチとさしで飲みに行く機会があり、

「コーチが応援してくださったからこの大学に来れました。この部活には入れて良かったです。」と感謝の意を述べたところ、

「俺はお前の競技力とかではなくって、優しかったり、気遣いができたり、雰囲気を盛り上げることができたりとかそういったことに惹かれたから、うちに入ってほしかったんだ。」と言われ、さらには春からがんばれということで名刺入れをいただきました。

感激です。大事に使わせていただきます。

 

体育会のもう少し詳しい話はこちらの記事で。

blog.lusaku.jp

 

 

アルバイ

大学生活であこがれていたのはアルバイ

やっぱりゲームってお金かかりますから。

私の合格の日に発売された3DSも買えていませんでしたし。

 

大学時代は小型のスーパーで週4くらい早朝バイトしていました。

 

忙しいときは6:00~8:30バイ

9:00~16:15授業(もちろん休憩はありますが)

16:30~20:00部活ということもありました。

 

長期休みは13連勤とかありましたし。

 

このバイトのおかげで得た「笑顔で接客する能力」などが就活時の面接にも生きたかなという気もしますが、やはりゲーム関連会社や家電量販店でバイトしていれば良かったなと思うこともあります。

 

が、私は大学1年生時は「ゲーム会社で働く」ことを考えていませんでした。

 

そういった意味ではやはり早めに将来のことを考えておくことをお勧めします。

 

 

勉強

私は勉強に関しては適当でした。

楽な授業を取り、授業中は寝て、試験前だけ情報取集を頑張り、成績はBが多く、でも単位は落とさない。(パルテナFE覚醒ドラクエテリワン3Dにはまっていたころは落としまくりましたが)

まぁありがちな文系大学生でした。

 

ただそんな中でも少しだけ誇れるのはゲームに関する勉強はしていたということ。

その方法は誇れるものではありませんが。

 

正直言うと受けていてつまらない授業、無駄な授業といったものは結構あります。

 

大学の授業は大きな講堂みたいなところで授業を受けることも多々あります。

そういったときに私がしていたのは

「ゲーム関連の本をひたすら読む」ことでした。

 

授業中なので本は読みやすいんですよね。

 

「ヒットする」のゲームデザイン ―ユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン

幸せな未来は「ゲーム」が創る

ニンテンドー・イン・アメリカ: 世界を制した驚異の創造力

ファミコンとその時代

9割が無料で遊ぶソーシャルアプリのマネタイズの仕組み

教養としてのゲーム史 (ちくま新書)

こういったものを読むうちに

「ゲーム」以上に「ゲーム業界」に興味がわいていきました。

ゼミでも「ゲーム業界を経営学的視点から見る」といったことをしていました。

この頃から勉強するにしても仕事をするにしても好きなことじゃなきゃヤダ、という考えがあったのでしょう。

結局ゲーム関係の資料は80本近く読みました。

 

こんなことをしているうちに私の志望は「ゲーム業界」に寄って行きました。

 

 

就活

就活が解禁される頃には、「ゲーム業界に行きたい」という思いは決まっていました。

 

が、当時は就活に関して甘い考えを持ち、

早慶体育会だしなんとかなるっしょ」と真面目に就活をしていませんでした。

 

本気でESを書いたのも任天堂くらい。

ほかの会社は書いたものの

「この会社のゲーム遊んだことないしなぁ」とか考え、ESの8割程度しか埋めずほとんど落ちました。

 

結局ゲーム会社から内定は出ず、留年を決意しました。

そこの詳しい話はこちらで。

このブログで一番読んでほしいおすすめ記事です。

 

blog.lusaku.jp

 

就職留年

留年を決意し、任天堂の面接で聞かれた「英語話せますか」という質問がどうしても心に残りアメリカでインターンシップに参加しようとします。

 

が、それも受け入れてくれる企業を探さねばなりません。

見つけてもスカイプで現地の人と英語面接。

連続で2社落ち、もう俺は留年中にただ落ちこぼれているだけで2度目の就活を迎えてしまうのか焦っていました。

それでも拾ってくれる企業はありました。3つめの会社でした。

 

なんとかアメリカに出発することが決まった私。1月~4月です。

その間に送別会が開かれ、同期は卒業旅行で楽しんでいる、私のいない卒業の集合写真、悔しくて仕方なかったです。

 

それでもこの決断をしたことを後悔したくない、そんな思いでスタートを切った2度目の就活でした。

 

 

2回目の就活

3月1日の就活解禁時はアメリカにいました。

説明会を予約したくても日本にいないもどかしさ。一度就活を経験したといえど焦っていました。

結局スカイプで面接した企業もありました。

任天堂の説明会や他の企業の面接に合わせて帰国予定を早めたりもしました。

 

2年目の就活に関してはひたすらゲーム業界を

そしてどの会社が相手でも本気のESを書く、面接の前日は2時間以上準備をかける。

本気でした。

 

結果的には大手ゲーム会社から多くの内定をもらえました。

就職浪人してよかったと思えました。

また「ゲーム会社に行くために留年する」と言ったのに行けなかったら、親や迷惑・心配をかけた人たちに会わせる顔がない。そう思って就活を続けていたのでようやく荷が下りたという感じでした。

 

 

内定から卒業まで

ブログをはじめました。

色んなゲームを遊びました。

ゲームのイベントにも積極的に行きました。

ブロガーや来年ゲーム業界を目指す就活生との新しい出会い、懐かしの友達、そして憧れの人たちにたくさん会えました。

 

そして何より心から通じ合える会社の同期ができました。一生ものです。

 

とにかく人生で一番充実した半年でした。

 

こう振り返ってみると今、自分がゲーム会社にいるのもなんだか納得します。

ただ同じことをやったからといってゲーム会社に行ける保証もない。

運と縁っていうのはあります。

ゲームをまったくやらない人でもゲーム会社に行けることだってあるわけですし。

 

ただ私の場合、好きなゲームのために本気になれたこと。それが学生時代一番大切だったのかなと思っています。

 

とうとう春から私も社会人です。

ようやく憧れのゲーム会社で働くことができます。

その意気込みとかはまた今度熱く語りたいと思います。